ACS Spring National Meetingで注目のコンピュテーショナルツールとデータ
春めいた陽気の3月26~30日、米国化学会(ACS)のSpring National Meeting(春季年会)が、インディアナポリスで開催されました。化学者たちが一堂に会するとても素晴らしい大会で、今年は対面とオンラインの両方に対応したハイブリッド型イベントでした。対面での参加が多く、10,000人を超えました。さらに、68カ国から1,697人がオンラインで参加しました。
ACS春季年会のテーマの1つは、「新薬や新素材の化学的発見において重要性が高まるコンピュテーションの手法とツールの役割」でした。また、本会では、増加の一途をたどる膨大な化学データ情報を扱う、アナリティクス・ケモインフォマティクス・統計ツールの発展についての考察も行われました。

本稿では、化学におけるコンピュテーショナルツールの役割の拡大と、ドラッグデザインでの活用法を探究したACSのセッション・プレゼンテーション・シンポジウムの一部について概要をご紹介します。
PerkinElmer Informaticsは、情報化学部会(CINF)のシンポジウムを後援しました。弊社のレイチェル ビエンストック(Rachelle Bienstock)が同シンポジウムの座長を務め、「Electronic Lab Notebooks and Notebook-Like Applications for Data Sharing(データ共有のための電子実験ノートと類似アプリケーション)」という演題で講演を行いました。講演の中で、新しい電子実験ノートとクラウドベースのコラボレーション型データ共有ツールについて考察しました。
ケモインフォマティクス・電子実験ノート・ラボ情報管理システム
このセッションでは、化学データベースのアプリケーション プログラミング インタフェース(API)・利用可能なデータベース・ワークフロー・使用事例、さらにWebブラウザでクエリ可能なURLを作成するためのREST/RESTFUL APIの使用についてを取り上げました。
プレゼンテーションでは、PubChem・ChEMBL・UniChem・CAS(Chem Abstracts Services)へのプログラムによるアクセスが紹介されました。IUPACは化学データの共有に着目し、「Advancing Fair Chemistry: Developing New Services(公正な化学の推進:新しいサービスの開発)」のワークショップを開催しました。このワークショップでも、標準プログラムによる化学情報へのアクセス(プロトコルサービス)の開発に関する議論も行われました。

ケモインフォマティクスとコンピュテーショナルベースの化学ライブラリの列挙に関するシンポジウムも開催されました。シンポジウムでは、化学構造の検証やグローバルケミカルリゾルバーの使用などで、バーチャル画面の化学物質ライブラリを列挙する際に広大な化学空間を調べる効率的な方法について発表されました。International Flavors and Fragrances社による発表は、創薬化学者と同様の方法で、フレグランスデザインに適した化学物質ライブラリをデザインした例を取り上げた、興味深い内容でした。
「データ共有のための電子実験ノートと類似アプリケーション」のシンポジウムには多くの化学者が詰めかけ、コラボレーション型データ共有ツールに関する発表が行われました。また、学術団体(ドイツのNational Research Data InfrastructureのコンソーシアムNFDI4Chem、英国のPhysical Sciences Data infrastructure)による発表もありました。PerkinElmer Informaticsは、創薬のためのMake・Test・Decideのワークフローに重点を置いた新しいSignals Research Suite™について発表しました。
新しいドラッグデザイン モダリティ
ACSの医薬品化学部会は、最大規模の部会の1つです。年会は、直近に承認された化合物などの「初開示」の場であると同時に、新しい化合物やドラッグデザインのアイデアを発表する場でもあります。
臨床試験が予定される新薬の初開示
Nurix Therapeutics社の臨床候補薬NX-2127は、ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)を標的にしてBTKを分解する、B細胞性悪性腫瘍の治療薬です。この化合物は、BTK分解誘導剤とIkarosジンクフィンガー転写因子分解誘導剤をリンカーで結合したものです。

AbbVie社は、腫瘍壊死因子の阻害によりクローン病とリウマチ性多発筋痛を治療する化合物ABBV-154を発表しました。ABBV-154は、抗体と、リンカーにグルココルチコイド受容体モジュレーター(GRM)を使用した抗体薬物複合体(ADC)を結合したものです。

Merck社は、心臓病の治療を目的とする、PCSK9を標的としたMK-0616を発表しました。この薬剤は、立体構造に基づく医薬品分子設計法により設計した大環状ペプチドです。

Boehringer Ingelheim社は、特発性肺線維症の治療を目的とする、ホスホジエステラーゼ4阻害剤の1015550を発表しました。

ドラッグデザインにおける機械学習
ACS春季年会で多く取り上げられた他の主要なテーマは、コンピュテーショナルドラッグデザイン法に機械学習(ML)技術を組み入れることでした。多くのシンポジウムにおいて、コンピューターと立体構造に基づくドラッグデザインの個人の功績が称えられていたのは、大変素晴らしいものでした。
ある発表では、DeepMind社が開発した人工知能ディープラーニングプログラムのAlpha Fold2を使用してGPCR(Gタンパク質共役型受容体)の標的タンパク質構造を予測したことを紹介しました。その後、開発したタンパク質標的モデルを、誘導適合ドッキングや分子動力学と併用することで、リガンドの設計に成功しました。GPCRのAlphafold2モデル5種類を組み合わせて使用し、膜貫通ヘリックスバンドル内のヘリックスの回転をサンプリングすることで、ドッキング研究に有用なモデルが得られました。
Oxford Universityのシャーロット ディーン(Charlotte Deane, MBE)教授は、「機械学習は結合の物理学を理解できるか」という疑問を投げかけ、教授のグループが設計したPointVS MLソフトウェアを用いれば、実際に起こり得るリガンド結合の相互作用を特定できると述べました。
University of Pittsburghのケス(Dr. Koes)博士は、完全長タンパク質とリガンドのフレキシブルドッキングを実施できる畳み込みニューラルネットワーク3DグリッドのGNINA(ニーナ)を発表しました。このソフトウェアは、クロスドッキングしたタンパク質リガンドドッキングのスコアリングで良好に機能し、リガンドのバーチャルスクリーニングに使用できることを示しました。
血液脳関門を通過できる薬剤を設計することは、依然として創薬の大きな課題の一つです。ファビオ ウルビナ(Dr. Fabio Urbina)博士は、コンフォーマル予測(conformal prediction)と適用可能性の制限(applicability constraint)を持つMLモデルを用いて、血液脳関門の通過を確実に予測する方法を発表しました。
コンピュテーショナル且つ立体構造に基づいたドラッグデザイン法
ビル ヨーゲンセン(Bill Jorgensen)教授(Yale大学)は、自由エネルギー摂動(FEP)計算法を用いて、HIV-RTのドラッグデザインとSARS-Cov2の非共有結合Mpro阻害剤の創薬期間を短縮し、品質を向上させたことを発表しました。かつて創薬プロジェクトは非常に複雑で、多くの時間がかかり、効率が悪いと考えられていましたが、特定のケースではFEPにより結合親和性を予測できるため、化合物の合成に優先順位を付けて創薬プロセスを促進させることで、FEPは一貫した適用が可能な技術になりつつあります。ヨーゲンセン教授は、非常に効果の高いSARS-Cov2阻害剤に関する動物実験についても説明しました。
Open Force Fieldイニシアチブでは、Rosemaryという名称の新しい力場を開発しており、2023年第3四半期に完成予定です。Rosemaryはタンパク質に対応し、分極可能な静電モデル・部分電荷・原子を中心とした点分極率(atom-centered point polarizability)を目指すものです。これにより、FEPや他の分子動力学計算・研究の創薬への適用が進みます。
創薬において重要性を増すコンピュテーショナルツールとデータマネジメントの役割
このように、2023年ACS春季年会の発表では、「創薬におけるコンピュテーションとデータ管理法の重要性」という共通のテーマが注目を集めました。これらの方法は、分子の分解誘導剤・抗体-薬物複合体・共有結合薬・ペプチド薬など、初めて開示された新規の医薬品モダリティの一部において、中心的な役割を果たします。
The PerkinElmer InformaticsのSignals Research Suiteは、創薬を迅速に進める上で大いに貢献いたします。今すぐ、詳細についてお問い合わせください。

レイチェル J. ビエンストック 博士(Rachelle J. Bienstock, Ph.D.)
Signals Notebook プロダクトマーケティング マネージャービエンストック博士は、Signals Notebook プロダクトマーケティング マネージャーとして、Revvity Signals Softwareチームに加わりました。Revvity Signals Softwareに入社する前は、学術機関・民間企業・政府機関で、計算化学・SBDD(構造情報に基づく薬物設計)・生体分子の分光学的研究を経験しました。University of Michigan Ann Arbor校で物理化学の博士号を取得しています。