PROTAC®や分子糊など、インフォマティクスが可能にする創薬
このブログ記事では、「PROTAC」という用語を、タンパク質分解誘導キメラ分子(PROteolysis TArgeting Chimera)を用いる治療法を表す一般的な略称として使用しています。PROTAC®は、Arvinas社の登録商標です。
創薬困難なものを創薬可能に:創薬の最前線
これまでの常識として、ヒトプロテオームの約85%が創薬困難なもの、すなわち、薬理学的に低分子医薬品の標的にできないタンパク質であると考えられてきました。
従来の薬理学的アプローチは、疾患の進行に影響を及ぼす生物学的経路内の標的タンパク質を戦略的に阻害するものです。しかし、標的とするタンパク質ごとに選択的・特異的な低分子薬を設計するのは、多くの場合困難です。最近では、その代わりに、タンパク質に標識を付けて細胞内で分解するアプローチが用いられ、効果を上げています。このアプローチは、標的タンパク質分解誘導と呼ばれています。
タンパク質分解誘導アプローチにより、これまで創薬が困難であった多数の標的の可能性が大きく広がっています。腫瘍を例にとると、大多数のがんには、特異的に変異したがん遺伝子が含まれます。このような変異を直接標的にできれば、がん治療に画期的な変化をもたらす可能性があります。
標的タンパク質分解誘導の市場について
創薬困難な領域を探求する新しい治療法の中でも、近年、標的タンパク質分解誘導に注目が集まっており、製薬業界は多額の投資を行っています。タンパク質分解誘導領域に分類される新薬類を、PROTAC®と呼びます。これはPROteolysis Targeting Chimera(タンパク質分解誘導キメラ分子)の略です。
このようなPROTACは3つの部分で構成される分子で、各部分をそれ自体で低分子と見なせます。2つの異なる結合ドメインが存在し、リンカー分子で結合されています。PROTAC分子には異なる3つの部分があるため、その研究は従来の低分子の研究よりも少なくとも3倍は複雑になると考えられます。
PROTACは、現在、一番研究が進んだタンパク質分解誘導法で、この分野の研究は20年に及びますが、未だ承認された薬剤はありません。最近開始された臨床試験は有望視されていますが、製薬企業が複雑で費用のかさむ作業を継続するには、パイプラインの価値を十分に高めるための研究を加速する必要があります。
PROTAC®の定義
タンパク質分解誘導キメラ分子(PROTAC)はヘテロ二官能性の低分子であり、一方の側への高い選択性により標的タンパク質を結合することで、選択的なタンパク質分解を誘導して標的タンパク質を取り除きます。この側はwarheadと呼ばれます。反対側は、標的タンパク質に標識を付けるリガーゼ酵素と特異的に結合します。リガーゼと結合した標的タンパク質はPROTACによって分解されます。PROTAC分子には、両側の間にこの2つの活性部位を結合するリンカーを必要とします。
PROTACは、低分子薬との結合に通常必要とされる活性部位を持たないタンパク質に結合します。この結合によって、ユビキチンを介した分解が可能となり、創薬が困難な標的を創薬が可能なものに変えます。つまり、PROTACは標的タンパク質に結合し、この標的タンパク質をプロテアソームという特殊な細胞内機構の近くに運びます。プロテアソームは、タンパク質のゴミ処理場のような働きをします。標的タンパク質をより小さな破片に分解し、再利用または細胞から除去できるようにします。理論的には、この仕組みを使用して、疾患経路に関わるタンパク質を除去することで、疾患を治療できます。
臨床試験が進行中のPROTAC
ARV-110は、転移性去勢抵抗性前立腺癌(mCRPC)の男性患者のアンドロゲン受容体(AR)を標的とするファーストインクラスの経口PROTAC®タンパク質分解誘導薬です。アンドロゲン受容体のシグナル伝達が、mCRPCの進行に関与することが臨床的に確認されているため、ARV-110は早期臨床試験においてPROTAC®の格好のテストケースとなりました。
現行の薬物治療ではARを阻害するものですが、ARV-110はARの破壊を目的とするため、前立腺癌が転移するのを防ぐ可能性があります。その仕組みとは?『Chemical & Engineering News』は以下のように説明しています。
「PROTAC分子の半分が目的のタンパク質に結合し、同時に残りの半分がE3ユビキチンリガーゼに結合します。次にE3ユビキチンリガーゼが、ユビキチン部分を目的のタンパク質にタグ付けして複合体を形成します。このユビキチン部分は、タグ付けしたタンパク質を分解のためプロテアソームに送るようにシグナルを出します」。
ARV-110は現在、第2相臨床試験中です。

ChemOffice22で作成した画像 ARV-110 (Bavdegalutamide) Warhead部(緑色) リンカー(オレンジ色) E3結合部(青色)
標的タンパク質分解誘導(TPD)技術の利用
PROTACは、標的タンパク質分野の治療手法の1つに過ぎません。PROTACの欠点の一部に対処できる可能性のある他の手法も出現しています。以下は、『Targeted Protein Degradation Represents a Promising Therapeutic Strategy』からの引用です。
「新たに登場した分解技術により、選択的に分解できる標的の種類が大幅に拡大する可能性があります。その一部には、類似した作用機序を用いるものもあります。TRAFTACや分子糊はPROTACのようにプロテアソームを介してタンパク質を分解します。一方、2番目の主要な分解経路を利用する技術もあります。LYTAC・AUTAC・ATTECはリソソーム分解経路を介します。」
PROTACの発見は2008年に遡りますが、TPDへの関心が急速に高まったのは、ここ数年のことです。その後に登場した他の技術や手法には、以下のようなものがあります。
- 分子糊
分子糊は単官能性の分解活性化化合物(monoDAC)であり、二官能性の分解活性化化合物(biDAC)に依存するPROTAC®技術とは異なります。MonoDACはbiDACよりも分子が小さい傾向にあるため、PROTAC®特有のバイオアベイラビリティの問題や医薬品開発ガイドラインへの準拠の問題を克服できる可能性があります。 - TRAFTAC

- TRAnscription Factor TArgeting Chimeras(TRAFTAC、転写因子の分解誘導キメラ分子)は、ヘテロ二官能性のキメラオリゴヌクレオチドで、細胞内の遺伝子発現の制御に役立つ分子の一種です。TRAFTACは、遺伝子のオン/オフの制御を担う転写因子を標的にしています。
- ATTEC
An AuTophagosome TEthering Compound(ATTEC、オートファゴソームテザリング化合物)は、標的タンパク質と隔離膜タンパク質のLC3に同時に結合できる二官能性分子です。ATTECは、標的タンパク質へのオートファゴソームとリソソームの融合を促すことで、2つの構造体が連携して標的タンパク質の分解を促します。 - AUTAC
AUtophagy-TArgeted Chimera(AUTAC、オートファジーによるタンパク質分解誘導キメラ)は、細胞内の目的とする標的への特異的バインダーと、柔軟なリンカーにより結合したグアニンタグで構成されています。AUTACの片側に不要なタンパク質が結合し、さらに別の部分がそのタンパク質をオートファジー細胞機構に運び、分解を促します。 - LYTAC
特に膜結合型タンパク質や細胞外タンパク質を標的として設計されたLYsosome-TArgeted Chimeras(LYTAC、リソソームによるタンパク質分解誘導キメラ)は、細胞表面に存在するリソソームシャトル受容体にタンパク質をリクルートすることでリソソーム分解経路を利用します。
TPDの研究:インフォマティクスの活用
標的タンパク質分解誘導の研究は複雑で多数の専門分野にまたがります。HTS・HCS・DMPK-PKPD・他の各種アッセイなど、異なる情報源から得られるデータ量は膨大です。解釈と発見を迅速に行うためには、詳細なデータ収集・一元化・標準化・分析が必要です。
in vitroアッセイやin vivo試験のデータにアクセスし、結び付け、管理・共有・分析するために必要な基本ツールが科学者には必須です。TPD専用のワークフローにより、データのサイロ化を解消し、連携を強化し、創薬の研究を加速できます。
PerkinElmer InformaticsのBioELN
PerkinElmer InformaticsのBioELNは、薬理学的な難題につながることの多いPROTACの二官能性を含め、標的タンパク質分解誘導の科学者がPROTACを研究するために必要なウェットラボ研究のあらゆる面をカバーしています。
BioELNは、アッセイ開発から分子生物学などに至るまで、新規の創薬困難な標的の開発を可能にする機能を合わせ持っています。TPD研究のワークフローは、アッセイ開発・アッセイの実施・ハイスループットスクリーニング・ハイコンテンツスクリーニング・分子生物学・バイオプロセス研究・スクリーニング科学・in vitro/in vivo/in silico解析・バイオ分析に加えて、従来の化学の要素までも含まれています。
BioELNは、Signals Notebook™とSignals VitroVivo™で構成されています。Signals VitroVivoを使用すれば、アッセイの開発、ロースループットからウルトラハイスループットまでの産生アッセイ、ハイコンテンツスクリーニング、in vivo試験を統合し、単一プラットフォーム内にある全てのアッセイやスクリーニングデータを使った横断的な作業・解析ができます。Signals Notebookは、単なるELNソリューションよりもはるかに多くのことができます。ワークフローの組織化・データの取得・一元化・データに関するFAIR原則(Findable=見つけられる、Accessible=アクセスできる、Interoperable=相互運用できる、Reusable=再利用できる)へ準拠した設計になっており、インベントリ・マテリアルライブラリ・検索・アナリティクスと統合されています。
BioELNがどのようにデータのサイロ化を解消するのか?
このブログで紹介した標的タンパク質分解誘導技術のような新しい薬剤療法に関する現在の研究では、生物学から化学に至るまで、多くの科学分野の情報を取り入れる必要があります。そのため、プロジェクトにおけるコラボレーションの必要性が高まるほど、より適切でより効率的な情報共有が必要となります。
BioELNでは、生物学的データとそのデータ形式を効果的に連携して扱えます。適切なアクセス権限があれば、誰もがプライマー・配列・ベクター・細胞株・プレートの情報を1か所に集約して調べられます。
標準的なTPDプロジェクトには、生物学的配列・低分子の構造・実験計画・アッセイの結果・プロジェクトの概要が含まれます。プロジェクトメンバー全員がこれらの情報にアクセスできるようにしておく必要があるため、BioELNでは、全ての試験・アッセイ・結果をメタデータタグでエンコードします。そのためデータはオープンかつ検索可能で、誰もがアクセスできます。
エンタープライズの研究機関には、より優れた戦術的意思決定を下すためのシームレスな方法が必要です。また、これまで創薬が困難であった標的から新薬を発見するという戦略的目標を追求しなければなりません。PerkinElmer InformaticsのBioELNが、ウェットラボのPROTAC研究のあらゆる側面をどのようにカバーしているか、ご覧ください。または是非、実際に試してみてください!
お役立ち情報
Literature Review > PROTAC Assay Design At-A-Glance
Infographic > Protein Degradation
Information Guide > Protein Degradation Guide to Proteasome and Autophagy systems

レイチェル J. ビエンストック 博士(Rachelle J. Bienstock, Ph.D.)
Signals Notebook プロダクトマーケティング マネージャービエンストック博士は、Signals Notebook プロダクトマーケティング マネージャーとして、Revvity Signals Softwareチームに加わりました。Revvity Signals Softwareに入社する前は、学術機関・民間企業・政府機関で、計算化学・SBDD(構造情報に基づく薬物設計)・生体分子の分光学的研究を経験しました。University of Michigan Ann Arbor校で物理化学の博士号を取得しています。